ASD長男が障害者手帳を取得して内定をつかむまで|障害を開示した就活のリアル体験談

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長男(大学生)
Yamapy☆
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こんにちは、Yamapy☆です。

ASD(自閉スペクトラム症)や発達障害のある大学生の就職活動では、

「障害者手帳を取得するべきか」

「障害者雇用と一般雇用のどちらを選ぶべきか」

「企業へ障害を開示(オープン就労)するべきか」

と悩む方も多いと思います。

この記事では、ASDのある大学4年生の長男が精神障害者保健福祉手帳を取得し、就職活動の中で障害を企業へ開示し、内定をいただくまでの実体験をまとめました。

同じような悩みを抱える当事者や保護者の方に、一つの体験談として参考になれば幸いです。

◆前回の振り返り

前回の記事では、大学4年でASD(自閉スペクトラム症)の長男が就職活動に苦戦し、家族で話し合った末に障害者手帳を申請したところまでを書きました。

【ASD長男の就活が苦戦…障害者手帳を取得する決断をした日】

あれから約2か月。

障害者手帳の取得、就職活動、そして初めて自分の障害を企業へ伝える経験。

長男にとっても、親である私たちにとっても、大きな出来事が続きました。

今回は、その後のお話です。

 

◆22歳の誕生日。嬉しいランチが…

2026年5月。

長男が22歳の誕生日を迎えました。

お祝いとして少し贅沢に、家族でホテルのランチビュッフェへ。

美味しい料理をいただきながら、昼からお酒も飲んでゆったりとした時間を過ごしました。

しかし、その時に酔いの覚める悲しい話を聞きました。

長男の就職活動の話題になった時です。

長男の話では、先日受けた企業面接で面接官から、

「特待生も大したことないね」

と受け取れるような言葉を掛けられたそうです。

さらに、吃音についても傷つくような言葉があったと言います。

最近長男に元気がなかった理由が、ようやく理解できました。

この時に、子どもが傷つけられる姿を見るのは、自分が傷つくより何倍もつらいことを知りました。

悔しくて、悲しくて胸が締め付けられました。

特待生になるまで、どれだけ努力してきたか。

その背景を知らずに、簡単に否定する。

そんな心ない面接官がいることに驚きました。

もちろん、そんな会社はこちらから願い下げです。

でも同時に思いました。

これが社会の洗礼なのだと。

これまで人との関わりを避けながら生きてきた長男にとって、大きな挫折になったことは間違いありません。

これからも続く就活の中で、傷つくことはたくさんあるだろうけど、どうか負けずに乗り越えてほしい。

親としてはそう願うことしかできません。

 

◆障害者手帳の取得

2026年6月。

長男に精神障害者保健福祉手帳が交付されました。

結果は2級。

精神障害者保健福祉手帳は1級から3級まであり、日常生活や社会生活への影響などを総合的に判断して等級が決まります。

2級という結果は、私が想像していたよりも重い印象で正直驚きました。

それでも、家族で悩み抜いて選んだ一歩です。

障害者手帳を取得できたことで、長男の就職活動の選択肢は確実に広がりました。

少しずつですが、前へ進んでいます。

 

◆親だからこそ、口を出したくなる

障害者手帳は取得しました。

しかし、その後も就職活動は思うように進んでいないようでした。

親としては、どうしても焦ります。

「まずはアルバイトでもして働く経験をしてみたら?」

そんな提案もしました。

しかし長男から返ってきたのは、

「しばらく静かにしていてほしい。」

という言葉でした。

「夏までは待ってほしい。」

親は子どもを信じて待つしかありません。

それが一番難しいことなのかもしれません。

 

◆突然届いた、人生初の内定

2026年7月。

ある日、長男からLINEが届きました。

メールのスクショ画像だけが送られてきて、そこには「内定についてのご連絡」の文字が。

ついに内定が出たのです。

突然のことでとても驚きました。

初めて聞く企業名で、調べてみると県外の企業であることがわかりました。

後から聞いた話では、大学の先生が知り合いの社長を紹介してくださったそうです。

人を頼る。

以前の長男なら、きっとできなかったことです。

ようやくつかんだ人生初の内定。

私は、

「まずはおめでとう。この勢いで他にも受けて比較してみたら?」

と伝えました。

しかし長男は、

「もうここに決める。」

と言います。

何十社も応募し、ようやく手にした内定。

その気持ちは十分理解できました。

ただ親としては、

社宅とは言えいきなり県外で初めての一人暮らし。

聞いたことのない会社。

果たしてうまくやっていけるのだろうか。

心配は尽きません。

 

◆一番気になったのは「障害を伝えていない」こと

一つだけ、どうしても気になることがありました。

長男は面接で、

ASDがあることも、

障害者手帳を取得したことも、

企業へ伝えていませんでした。

仮にクローズ(障害について開示しないこと)で入社してもきっとバレるだろうし、後から伝えて肩身の狭い思いをするくらいなら、事前に伝えておいた方が配慮を受けやすいのではないか。

そんな思いから、

「まずは大学の先生へ相談してみたら?」

と伝えました。

しかし本人はあまり乗り気ではありません。

苦労してようやく手にした内定です。

最悪内定取り消しになるようなことはしたくない気持ちもわかります。

けど親としても失敗してほしくないから先のことを考えてしまいます。

障害のことを隠して働く覚悟があるならそれでもいい。

何も知らない今だからこそ挑戦できることもあるからです。

さあ、どうするか。

 

◆障害をオープンにする勇気

その後も家族で何度も話し合い、障害のことを内定先に伝えた方がよいか先生に相談し、客観的な助言をもらうように伝えました。

伝えた場合、最悪内定が取り消されるかもしれないけど、入社後に伝えるよりはマシなことを何度も伝えました。

しかし長男と話し合うと、いつも最後は黙ってしまうので話が続きません。

いつまでこれを続けるのか。

余計に先が思いやられます。

内定先に内定受諾の連絡をする期限が迫ってきています。

 

◆自分の障害を、自分の言葉で伝えた日

後日。

長男は勇気を出して先生へ相談したそうです。

先生は驚かれたそうですが、先生から企業に相談してくれることになったそうです。

さらに、自分からも企業にメールで報告するように言われ、メールの文章を一緒に考えてくださったそうです。

そして、その日のうちに長男自身が企業へメールを送りました。

これまで人に頼ることが苦手だった長男。

私にとっては、そのこと自体が大きな成長でした。

 

◆障害を開示した結果、企業から届いた返事

数日後。

企業から返信が届きました。

内容は、

「障害によって内定に影響することは一切ございませんのでご安心ください。」

というものでした。

さらに、

「困ったことがあればフォローしていくので遠慮なくお知らせください。」

そんな温かい言葉まで添えられていました。

本当に素晴らしい企業に巡り会えたと思いました。

安心したのは、私だけではありません。

きっと長男自身も、肩の荷が下りたはずです。

勇気を出して伝えて、本当によかった。

そう思えた瞬間でした。

 

◆家を出る長男を見送る母の気持ち

就職が決まり、

県外での一人暮らしも決まりました。

私は安心の方が大きかったのですが、

意外なことに妻は違いました。

長男が家を出ていく。

そのことが、とても寂しかったようです。

「ちゃんと生活できるかな。」

「困った時、一人で抱え込まないかな。」

母親だからこその心配が尽きません。

「可愛い子には旅をさせよ。」

そんな言葉がありますが、送り出す親にとっては、

いくつになっても子どもは子どもなんですね。

 

◆まとめ|就職よりも大きかった「成長」

大学卒業まで、あと8か月。

ASDのある長男の就職活動は、決して順風満帆ではありませんでした。

内定をもらえたこと。

もちろん、それも大きな出来事です。

でも親として一番嬉しかったのは、それだけではありません。

長男が、自分一人で抱え込まず、人を頼ることができるようになったこと。

先生に相談できたこと。

自分の障害を、自分の言葉で企業へ伝えられたこと。

これらは、就職以上に大きな成長だったように思います。

これからは社会人としての生活、そして初めての一人暮らしが始まります。

きっとこれからもいろいろな壁にぶつかるでしょう。

それでも、今回の経験は長男にとって大きな自信になったはずです。

親としては心配が尽きませんが、これからも長男の歩みを、温かく見守っていきたいと思います。

次回に続く。

Yamapy☆

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